やっぱりCanonのデジカメはイイ)^o^(

kanransya_daiba

iPhone4を使うようになってから、iPhoneのカメラ機能が
かなり気に入っていたのと、使っていたコンパクトデジカメが
そろそろ寿命かなあ~?と思っていたので、
もっぱら写真は、iPhone4で撮ることが多かった私です。

そのiPhone4も、2年の契約が過ぎてソフトバンクを解約したことも
あるし、やはりもういつ壊れてもしょうがないなあと思っていたのと、
デジカメ自体が、最初に購入した2004年から比べて
多機能で高画質な上に安くなったこともあり、

「コンパクトデジカメを買おう」

と思って、ヤマダ電機へ行きました。

1万少し過ぎるぐらいまでなら・・・という低予算で
どの程度のものが買えるのか?店員さんに相談しました。

店員さんは、「やはりCanonがいいでしょう」とのことで
この商品を紹介してくれました。

家電量販店的には、型番落ちになる寸前だったので、
多分このアマゾンより安く買えたのではと思います。
11,000円ぐらい?(いい加減(+o+)

なぜCanonの製品がよいのか?
日本製だからだということです。
海外の部品を使えば確かにコストは安く抑えられる・・・。
(同じぐらいのスペックでも他社では1万円を切るものもあるようですが)

けれど、品質はどうしても落ちてしまうということを教わりました。

買ってから使うことがあまりなかったのですが、
最近たまたま台場を夕方歩いていて、あまり人もいないので
何だか解放された気持ちになって撮った写真です。
(Picasaで適当に加工してますが)

夕方の「夢の大橋」は静かでいいですね!
コミケの時とは大違い(ってか、私は写真でしか見られず、もしその場にいたら
倒れて放置されてしまっていたでしょう(=_=)

最近、「安い商品」が増えていて、私も懐具合と相談して妥協することも多いですが、
安いのは、工場を海外に移転させていたりしてコスト削減に励んでいるからだということなどの
理由があることも頭の片隅に置いておきたいです。

setagayaseibo_green

この写真も、このカメラで撮影しました。
世田谷にある、無原罪聖母修道院にある庭園です。
自然の湧水池があり、世田谷区の特別保護区になっているとのことです。
年に数回しか公開されないと聞いたのですが、庭園だけ見学ならば
いつでも出来るらしいです(私は一応、修道院に電話してから
行きました)。
写真で見る分では素晴らしい場所ですが、シスター曰く
「蚊が多いので刺されないでくださいね!」とのことでした。

武藤章中将は「傲慢不遜」だったのか?

武藤章中将は、どうも「傲慢不遜」な人物だととらえられがちです。

武藤章中将とゾウさん

〇日中戦争の不拡大を主張する石原莞爾作戦部長に対し、課長(大佐)の身分で
ありながら、堂々と反対し上司を孤立させた。
〇大東亜戦争前後、東條英機首相兼陸相の腹心であった。
〇大東亜戦争開始後、インドネシアの視察に行った時に、
第16軍司令官今村均中将に対し、「やり方が生ぬるい」と伝えたこと

などなど

おそらく、今村均さんの『回顧録』の一部分でそのように捉えられ、
さらにもともと直接的なものの言い方をするということを自分でも認めているところから
そのようなイメージが定着していたのではないでしょうか?

今村均さんの回顧録とはこちら

実際はどのような方だったのか?
武藤章さんが、近衛師団長(昭和17年4月~)から第14方面軍参謀長(昭和19年10月~)まで
側に副官として仕えた稲垣忠弘中尉が書き残している文章から見ていきたいと思います。

出典:稲垣忠弘「武藤中将、副官の思い出」(『巨杉会会報』第7号 昭和62年8月)

稲垣副官は、武藤さんが近衛師団長として赴任するに伴い、
なぜか突然抜擢をうけて師団長副官となったとか。
その際に、小畑信良・近衛師団参謀長にこういわれたとか。

「キミが武藤中将の副官になるにあたって、一言注意をしておく。
武藤中将は、陸軍にとってかけがえのない貴重な人だ。
どんな戦況になっても、絶対に死なせてはならん。
覚悟してお仕えしてくれ。

それからもう一つ、君は叱られ役ということを肝に銘じておけ。
武藤閣下は陸軍きっての秀才であると同時にうるさ型だ
閣下の御小言の防波堤になって、適宜に参謀部に連絡してくれると
参謀たちが助かるからなあ、ハッハッハ、しっかりやってくれたまえ」

稲垣さんは、予備役の将校だったので、なぜ自分が抜擢されたのか
よくわからず、やはり武藤さんという方に慣れるまで
時間がかかったそうです。

そんなある日、スマトラにいる武藤さんのもとに、今村第16軍の参謀から
連絡があり、近く武藤師団長が今村軍司令官に会うということとなりました。
これは、武藤さんが軍務局長時代、「ジャワの軍政は生ぬるい」と今村軍司令官に伝えた
ことで激論となって以来のことでした。
この部分が、映画『ムルデカ17805』でも描かれていたのを覚えています。
武藤章さん役が、夏八木勲さんでした。

武藤さんは、師団長となってからいろいろ第一線を視察した結果、
今村さんのやり方が正しかったことを認め、いつか謝りたかったということで、
この今村軍司令官との再会を楽しみにしていたそうです。

私は間違っていた。現地の状態を本当に把握できていなかった。
今村中将にお会いできる日が楽しみだ
」とも稲垣副官に話していました。

今村中将に会見し、軍務局長時代の件を謝ったあと、
「私も、今村閣下の軍政に負けないよう、しっかり実施します」と言いました。
そんな武藤さんの姿勢を、「素直だ」と今村均さんは回顧録に書かれていますが、
どうも見落とされているようですね。

私は武藤さんは「傲慢不遜」ではないと思っていますが・・・。

セキュリティソフトを無事インストールできました!

先日、イーモバイル(章姫の使っているルーター)のセキュリティに加入しようとして
うまくいかず、家電量販店にいらっしゃる店員さんに聞こうとした、セキュリティソフトの
インストールは、何とか無事、ほぼ自力でインストールできました!

noton

実は家電量販店の方にも聞いたのですが、皆よくわからないようで、
「サポートセンターに電話してください!」でパンフレットを渡して
終わりにしたい(だって他のお客様もいるし)という感じでしたので、
何とか自力でやるしかないと思いました!

★サポートセンターに電話を入れても、つながりにくい
★仕事から解放されて電話しても、サポートセンターは閉まっている
(普通、サポートセンターって時間はきっちり守ります。19:00で終わりなら
1分過ぎたらもう繋がりません)
★サポートセンターに電話する時は、電話でのやりとりになるので、
ユーザーの方はどう説明したらよいかとまどうし、またサポートセンターの「中の人」も
一生懸命ユーザーの方の疑問点を解消しようと努力しますが、意思疎通が図りにくい
★サポートセンターの中の人は普通、「派遣社員」が多い(イーモバイルはわかりませんが)。
余計なことをいったり、ユーザーの方を怒らせてしまったら、自分の首が切られるもととなる
(これは本当に問題だと思います。本当に派遣会社から呼ばれて、
「モニタリング(電話内容)」をさせていただきましたが、あの対応ではいけないと
クライアントさま(派遣元、例えば携帯電話会社本体)からもクレームがありましたので
次回の契約更新はないということで・・・」
つまり、失業ということになります)

前回躓いた理由は・・・。

セキュリティーソフトをダウンロードするまでは成功したけれど、
そのあとの、設定の方法がわからなかった

からです。

あと、この画面に躓いたからです。
raw_image0

「提供元不明のアプリ」
提供元不明アプリのインストールを許可する

という文言です。

ホントにインストールを許可していいの?
という疑問は誰しも抱くと思います。
よく言われているように、Androidは、Apple製品よりも安全には気を付けなければいけないから。

でも、とりあえず今回は思い切ってやってみなければなりません。
ということで

一時的に許可して、すぐにまた戻せば問題はありません。
これでひとまず私のタブレットは安心です!

田染荘の夕景が素晴らしい!

田染荘夕景 posted by (C)rockman5

本日のニュースで、アドビシステムズ株式会社が開催した写真コンテストで
現在の大分県豊後高田市にある「田染荘」(たしぶのしょう)の棚田の夕景写真が
最優秀賞を受賞したということを知りました。
それが上の写真です。

ホント、美しいです!

私は、「田染荘」(たしぶのしょう)については、一発読みできるぐらいですが
知っていました。でもこんな素晴らしい夕景が見られるところだったとは
本日初めて知りました。

結構昔から大きな荘園だったようです。
宇佐八幡宮領荘園として一部には知られています。

元寇の頃の田染荘に関する史料などを読む機会があったら
読んでみたいなーーーと思います。

平安時代から鎌倉時代にかけての荘園の面影が残っているということで
(何もきっちり区画されていたのではないですよ!日本の田んぼって)
景観を大切にしようという試みもいろいろなされているようですね!

豊後高田市観光協会のサイトによると

「荘園領主制度」なんていうのもあるのだとか!
荘園って、日本史の教科書では何だか理解しにくい箇所でもありますが、
こうした美しい写真をみると、ちょっと興味がわいてくるところでもあります。

タブレットは買ったけれど・・・

先日、7月20日のことです。
近くのヤマダ電機さんで、以前から欲しかったタブレット
ソニー Xperia Tablet Z を買ってしまいました!!

これです。

ソニー Xperia Tablet Z WiFi SGP312メモリ32GB ブラック

私がMacbookairを持っているのを知っている人は
「えーーーipadじゃないの?」と思うかもしれません。

確かに今でもAppleは好きです。

でもAndroidの製品も使って見たかった・・・。

ちょうど、iPhone4をsoftbankで購入してから2年が経過したので

ようやく、ソフトバンクの契約が切れる(=約6000円/月の通信費が節約できる!)ので、
今後はイーモバイルのルーターで繋ぐとして
このルーターは10台まではつなげるので、
せっかくだからタブレットが欲しいなと、(iPhone5に機種変更することも考えたけれど
こちらもソフトバンクにせよauにせよ、2年の契約期間が発生してしまい、通信費節約の
意味がなくなる)。
イーモバイルは、Macbookairを買ったときに同時に加入した無線ルーターです。

※Macbookairとは

故スティーブ·ジョブズ氏が、ソニー製品に比べてこんなに薄いパソコンが出来たといって
おもむろに封筒から出して驚かせたのでインパクトがすごかった製品です。
私は、13インチのものを購入したので、ジョブスのように軽々と封筒から出すというわけには
いかず、結構重いなあと思っていました。
ついでにスタバでもてあそぶなど、夢のまた夢でした。
スタバにまで持ち込む必要も、そもそもなかったですし(悲)

このパソコンはどうしても無線環境が必要となるため、私はイーモバイルを選びました。

それがきっかけで、ジョブスが引き合いに出していたソニー製品のタブレットを
買って、使っていますが、中々思った通り動いてくれません。
通勤電車の中で使うにも、結構動きが重いなあと思い、
故障では?と疑われたため、思い切ってヤマダ電機に見せにいったところ

「ああ、このAndroidのウイルス対策ソフトが邪魔しているのでは?これはやはり無料だし、
動きが悪くなる原因ともなりますよ」と言われ、アンインストールしました。
それで、イーモバイルでオプションについているらしい、セキュリティサービスに加入しようと
したら、何だかうまくダウンロードできたかわからない!ので、本当に近いうちに
またヤマダ電機にいる、イーモバイルの店員さんに聞いてみようと思っています。

と、いうことで、こちらもまだ操作に慣れていないです。
早く慣れてくれればいいなーーーと思っています。

大西瀧治郎中将のお墓

oonishi

この写真は、先日ブログで取り上げました
大西瀧治郎中将のお墓です。

鶴見の総持寺にあります。

このお墓の左側にある観音様。

「海鷲観音」というのだそうです。

この観音様の建立は、大西中将の奥様・淑恵さんの発願です。
大西中将の奥様は、戦後の混乱時に、何とか夫の墓を建てたいと願い、
飴売りの行商を一人で始めました。

「元海軍中将の奥様がねえ・・・」
「特攻隊の名折れだから、行商やめろ!」
という非難や冷笑に耐えながら・・・。

ようやく昭和28(1953)年に、鶴見の総持寺に、中将のお墓と、
特攻隊員の霊をまつるための観音様が建立されるに至りました。
この観音様は、「海鷲観音」と名付けられました。

先の記事で、「イカリのマークは鷲のマークになおせ!」といったこととも
関わってくるのかしらんとも思いますが、
この観音様は、大西中将の奥様・淑恵さんの飴売りの利益で特攻隊員の霊を
慰めるために建てられたものです。
今でも写真のとおり、きれいにお花と、何とペットボトルのお茶まで備えられています。
奥様は、昭和54(1979)にお亡くなりになりましたが、
その後も大西中将を慕う人たちによって、維持されてきたのでしょう。
ちなみに、大西中将と奥様とのあいだには、子供はいませんでした。

大西中将は、自身の「お通夜」のあとに官舎に戻り
従兵に「カヤの中に、机と硯箱を置いて、床をとってくれないか」と
頼み(多分この時に遺書を書いたのであろう)、
その従兵は、日時が変わる頃にまたお茶を入れて大西中将の部屋に持っていったところ、
大西中将は
「ありがとう。・・・ゆっくり休みたまえ」とねぎらいの言葉をかけたとのことです。

そろそろ空が白みかかる午前4時頃、従兵が突然目を覚ましました。
何だか、巨大なうなり声が聞こえてきたような感じだったとのことです。

胸騒ぎがした従兵が急いで大西中将の部屋のドアをあけると、
部屋の中央の真っ白いシーツを敷いた上で、大西中将が血まみれになって突っ伏していました。
その姿をみた従兵は、大西中将に思わず動転してすがりつきました。

「うん、うん、そう騒ぐな・・・。これだけの出血だから、もう時間の問題だよ。
お前に武士の情けがあるなら、絶命するまで、誰にもいうな・・・」

軍刀で心臓を刺し、返す刀で頸動脈を切っていました。
普通の体格の方なら、とっくに死んでいたほどでした。
すぐ軍医が呼ばれ、軍医は大西中将にとりあえず応急処置を施しましたが、
その最中も、大西中将は軍医をにらみつけていました。

「あの形相は、ぞっとするほどのものすごさだった」というぐらい。

応急処置をしてもすでに手遅れだったようで、
「次長(大西中将)、どうやら次長のご満足いくような結果になりそうです。」

それを聞くと、大西中将は満足げに「児玉誉士夫を呼んでくれないか」と頼み、
児玉誉士夫(1911〜1984 政財界のフィクサーと呼ばれた人物で、大西中将と親友)が駆けつけてきました。
彼に向かい大西中将は、
「貴様が鈍刀をくれたから、死に切れないよ」
「バカを言え、それは名刀なんだ。もし生きていたら、頭を下げてもらいうけるよ」

そして、奥さんに自分の死を伝えることを児玉にお願いしたあと、
「自分が入る棺桶と骨壺を見て死ねるなんて、おれは幸せな男だよ」とほほえみ、
「もう時間の問題だな、そろそろ葬式の準備をしたらどうだ」とまで言ったとか。

そして意識を失い、いきなり身を起こして正座しようとされて、大西中将は絶命されたのです。
この動作は、「おそらく皇居を拝する姿勢をとろうとしたのだろう」と考えられています。

奥様が疎開先の群馬から東京に駆けつけたときは、大西中将はもうこの世の人ではありませんでした。

覚悟されていたとはいえ、奥様ご自身も後を追うことを何度も考えられたそうです。
それを何度も思いとどまり、お墓の隣に、特攻隊員全員の霊を慰める観音様まで
建てられたのでした。

参考文献:
妻たちの太平洋戦争―将軍・提督の妻17人の生涯 (光人社NF文庫) 文庫 – 1994/1
東条英機とその時代 (1980年) - 1980/7

総持寺は、晩秋の雰囲気がとてもよかったです。
大きなお寺で、ちょっと京都の大きなお寺にいったかのような感じに
なれるような雰囲気でした。

CIMG2595