人を使うに道あり


山下将軍

本日は、山下将軍のシンガポール戦時の日誌にかかれたことを
ご紹介したいと思います。

山下将軍は、あまり日誌を書くという習慣はなかったようです。

シンガポール戦の時に書かれたものが残っているぐらいらしいです。

その中には、今読んでも「新しい」ことが記されています。
・・・ということは、大東亜戦争以前から現在にいたるまでの
日本における労働問題にも相通じるものがあるのではないかと
思います。

1942(昭和17)年1月5日条(在イポー マレー半島)

「十時 徴用人員を集め一場の訓示をなす。
彼等自我心に駆られ、只利害関係のみに眩惑し、
この度徴用せられ、死生の地に立たしめられたることに
関し、甚だしき不平あり。千載一遇の時機、自己の腕を
国家の為に揮うというが如き、意気あるもの
一名もなし。

又陸軍当局も、彼らの身分待遇、留守宅に対する保証等一つもなく、
只一片の命令により、行先不明のまま放りだしたるにより、
不平不満、何等権能も知識もなき引率者に喰ってかかりしものなり。

人を使うに道あり
人を使うには理解の上にて用うべし。
由来陸軍の小役人には空威張りするものあり。注意を要す。」

何だかこれを読んで、私がもしこの時代に生きていたならば、
きっと山下将軍に「自我心に駆られた不平者」と判定されていた
だろうな・・・。

でも、そのあとが大切ではないでしょうか。

「陸軍も人を雇うならば、身分と待遇の保証があってしかるべきなのに、
それもない上、行先不明のまま放り出すのも問題で、
そのため、徴用された不満を直接の引率者にぶつけている。
陸軍の担当者も役人という立場に胡坐をかいて空威張りしている暇は
ないだろう」

確かに大東亜戦争に敗戦し、帝国陸軍はなくなりました。
しかし、その後高度経済成長を経て、現在はどうでしょうか。
労働者に対する待遇はよくなったのでしょうか。

私自身は、新卒主義という企業の採用を知らずして社会に出、
非正規雇用で一年で切られてくることを繰り返し、
あげくに正規雇用になったと思いきや、どんなに頑張っても
評価されず、自分自身が病気になってしまい退職となりました。
そのことを恨んでもしかたはないですが・・・。

現在、派遣切りだけでなく、正社員・契約社員という身分の下、
長時間労働せざるを得ない労働者がどれだけいるのか?

また経営者は、労働者が働きやすい環境を用意するよりも
いかに安く雇い、スーパーマンのように働かせるかということに
目が言っているのではないでしょうか。

正直、今は日本は、大東亜戦争のような戦時中ではないけれど、
もしかしたら、戦時中よりも酷い状況で労働者を酷使しているのでは
ないでしょうか。
長時間働いた末に体調を崩して退職しても、保証はないに等しいです。
再就職も厳しいです。
派遣という働き方においても、当初の約束とは違っていたり、
様々な理由をつけて契約終了で生活の糧が簡単に奪われてしまうのです。
そんな中で、「自己の能力を発揮」するのは難しいのが人情です。

そこを何とかせよ、と山下将軍はシンガポール作戦中、何度も
思っていたようです。

私はここの部分を読んだとき、山下さんは身分が安定している
「公務員」なのに、ここまで考えられるのがすごいと思いました。
徴用された人たちの立場と気持ちがわかっている・・・。

きっとこの人は、意外に苦労していたのではないかなあーーーー。

山下大将の妻の父は、大正期に陸軍少将という立場をリストラされました。
その後は自営となったけれど、事業がうまくいかず、自殺寸前まで
追い込まれたのです。軍人という職業も決して安定しているわけではない。
さらに将官だったのもあってか、今の自衛隊出身の将官とは違って、
大企業に顧問として迎え入れられたのでもないのです。
むしろ、将官だったゆえに、社会から排除されてしまっていたといえます。
そのような妻の父の苦しみに寄り添っていたのが山下さんだったと言えます。

山下さんのような方が経営者だったら、どんなに頑張れただろうか。
空威張りせずに、労働者の気持ちが分かっている方だから、
厳しいことを言われたとしても、
「この人についていきたい」と思わせる何かがあるに違いありません。

現在の我が国のブラック企業の経営者と、それを容認する政治家
私立学校などの学校経営者(兼教育者)には、
山下大将のような考えををもって人を使う人がどれだけいるのだろう・・・。

参考文献


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