人の一生には晴れたり曇つたりする日が交互にやつてくる


今年もこの時期が来ましたね。

クリスマス?

確かに、私個人は、カトリック未受洗者のまま
たまにですが、ミサに与ったりもします。

でもそれ以上に・・・。

興亜観音

東京裁判で判決を受けられた方々が処刑された日のことを
思ってしまいます。

武藤章中将は、東京裁判において、唯一陸軍中将の階級で死刑判決を受けられた方です。
それはずっと前から知っていました。

この人、東條大将の腹心だったからじゃない?てな理解でしたが・・・。

実際はそのようなことではなかったと思います。
軍務局長としての役目の他、近衛師団長として、フィリピンの第14方面軍参謀長としての
立場での責任追及をされたことが原因だったと考えております。
軍務局長という立場で御前会議に陪席したぐらいでは、処刑にはならない。
海軍の岡敬純軍務局長は終身刑だったのだから。

武藤さんは、陸軍側の軍務局長の役目を解かれて、
指揮官・参謀長として外地で闘っていた方だったから。
ある人を処刑に追い込みたいときに、特に目を付けやすいのは
指揮官とか参謀長、収容所長的な立場経験だと思っています。
武藤さんは、そのうち指揮官と参謀長経験者だから、かつての役目に事寄せて
処刑という結果になられたのだと考えています。

武藤さんが、65年前のこの時間、どう過ごされていたのだろうということを
毎年この時期になると、いろいろ思いめぐらしてしまうのが私の性分だったりします。
本を紐解きながら、武藤さんが話された内容をもとにあれこれ思いめぐらすのですが、
実は毎年、いろんな発見を自分勝手にしています。

今年は、この書物を紐解いてみました。

死の直前に、教誨師の花山信勝師に、妻と娘あての手紙を渡していました。

「十分覚悟ができた。少しノドを痛めておるほか至極健康だ。
カード遊びや読書などをしている。
私の死は絶対だ。
衝動的に死を恐れることもある。他の人にもそれはあるらしい。
安政大獄中の松蔭にも、この気持ちはあつたろう。
それは生への執着である。
理性では、どうすることも出来ない。
私は宗教には、気づかずにやつて来た。

日本復興は必ず出来ると考えている。戦争で一切を焼いてしまつた。
現在の簡素な生活に満足するよう、物質的欲求を制限することが大切である。
過去の物質的生活を思うことはよくない。
物質的な生活よりも精神生活の高いものへ。汝らの宗教を指図はしないが、
人間には宗教心の絶対的必要なことだけはいいうる。(中略)

法名も「光壽無量院」ともらつておる。私を見たければ南無阿弥陀佛と称えよ。
必ず会うことができる。
何年かの後には必ず来いよ。それ以前には来るな。
佛ということは光である。死を覚悟しながら、ぎくっとくると書きだしたから、
心配するかも知れぬから書くが、
私にも武人として戦争の時の覚悟はある、心の準備はすでにできている。
それをいうのではない。
静かに死を待つ時の人間としての、生への執着をいうたのである。
決して刑場には遅れはせぬ。今夜九時から花山さんからだといつて、
順次よばれたときに、いよいよ刑の執行と考えた。そして宣告を受けた。
心は落ち着いた。体重を計った。
それから独房に帰って、タバコを吸つて、よく眠つた。
二十二日にはお経を読んで、タバコを吸つて、
今生最後の日と思うと面白い。

今夜半と思うと、他人事のように思われる。不思議なほどである。
歎異抄の第九章のごとく、決して死を嬉しいとは思わない。
しかし、私には何の不安もない。私が成佛した暁には、今の如く離れ離れではない。
必ずお前たちを幸福にすることができるのだ。

人の一生には、晴れたり曇ったりする日が交互にやってくる。

午後十時には感想録の手を止めて、夜十二時までに静かに時を過ごすであろう」

この文章の中で、個人的には、
人の一生には、晴れたり曇ったりする日が交互にやってくる
という一文に目を留めました。

一人の我が国の歴史に名前を留められた方でありながら、ハンドルネームに一字いただくほど
勝手に「近しい」と親しみを抱かせていただいている方から

人の一生には、晴れたり曇ったりする日が交互にやってくる

という諭し声が聞こえてきた感じがした、というのが
私の今年の「この日」における正直な気持ちです。
いろんな捉え方ができる深い言葉だなあと思って、静かに味わいながら
静かな時を過ごそうと思います。


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