三越で品物を買うな!


この言葉
ちょうど昭和初期頃、陸軍省軍事課長(大佐)ぐらいの
山下奉文さんが、家族に言っていた言葉です。

に

山下さんは、財閥が大嫌いだったようです・・・。
そんなところが、あの二・二六事件の時に青年将校に同情的だったとして
誤解される原因でもありますが・・・。

山下さんは、自宅での夕食の時にも、よく
「栄耀栄華している大金持ちがいる一方で、今日も食べる米もない人々のいる
今の日本は、何とか改革しなければならぬ」
と話していたとか。

さらに贈り物なども、お金持ちには持っていかない人だったけど、
出入りの大工さんや職人さんを大切にしていたとは、
義妹・永山勝子さんがいうところです。

岡田啓介内閣の陸軍大臣を事務的に補佐する要職にありながら
貧富の格差問題に目を向け、財閥はもっと国のために奉仕すべきだと
いう考えを持ち、周囲に話していたのが
この人の興味深いところでもあります。

山下さん自身が、少年時代から貧乏であり(お父さんが小学校教師から医師に転職)
さらに、妻の父が陸軍少将をリストラされたことや、実の兄が海軍を辞めて開業医に
なったものの志半ばで病死するということで、自身が公務員(陸軍軍人)という
安定した職業についていながら、軍人(公務員)以外の職業の大変さを
肌で痛いほど感じていたということが大きいと思います。

→以前のエントリーはこちら

そんなことが昭和初期当時の政策に少しでも活かされていたら・・・
山下さんという人を、陸軍大将まで栄進した「勝ち組」の側面だけで
見ないで、現在にもこのような考えの方がいてくれたら・・・と思うのは
私だけではないでしょう。

財閥こそは国のためにという山下さんの考え方は
シンガポール攻略戦時の日誌にも
このようにかかれています。

「(昭和17年1月)5日 (中略)
14時頃イポーに着く、華僑の女学校に入る。これも寄付金により建てるものなりと。
彼らが公共のために資金を出すことは日本人に比して甚だ大なり。
日本の金持ち共は参考にすべきなり」

出典:

現在なら、山下さんは「三越でモノを買うな」と言われるでしょうか?
私は、言わないような気がします。
現在の三越は、伊勢丹などと合併したり、店舗をいくつも閉鎖させたり
新宿の三越のように業態変換(アルコットとして)させて、ロフトや
大規模書店を2フロアに入れたりしても、なかなか業績が振るわないらしいです。
写真は日本橋三越で、かっこいい建築物ですが
維持するのも大変だろうと案じています。

以前なら、私自身が若かったのもあるかも!?ですが
新宿のデパートに行けるということが、楽しみで嬉しかったりしたのですが、
今では、新宿には行くものの、見慣れていた店舗が撤退してしまい
代わりに某大規模洋品店や、大型家電量販店が入るようになってしまい
寂しく思います。
それ以上に、何も東京に行かなくとも、郊外の大型スーパーでもいいやという
気持ちになります。
そう、三浦展『ファスト風土化する日本ー郊外化とその病理』のように。

そんな今の状況を、山下将軍は何と言われるのでしょう・・・。
お聞きしたいです。
「大型店のせいで商店街が潰れたと同情するのはやめにしたい」
などとは言わないと、勝手に思います。

私自身も値段とか利便さを求めて郊外大型店についつい
行ってしまうんですが・・・。
同情以上の深刻さが背景にあるように思えてならないのです・・・。
商店街にノスタルジーとかは私自身感じません。
シャッターが次々降ろされたあとに、少ない資金で
カフェなどを持たれて、バイトを雇い、地域新聞に広告を出して
いつも綱渡りで頑張っている商店街の新しい店舗を見ると
すごいと思いますが、それでも私自身がゆとりがないため
立ち寄る、というより覗くぐらいが関の山です。

また、大型店に関しては、確かに外観はきれいだし、便利ではあるけど業績が悪ければいつでも撤退するよ
という建物のような感じを持っています。そう、以前グアムで買い物をした免税店のように。


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