事務系出身の福島第二原子力発電所長


東京電力福島復興本社の代表を務められた石崎芳行氏を語るうえで
一番重要なことは、
「事務系出身でありながら原子力発電所長を務められたのはなぜだったのか。」
「石崎芳行氏の功罪はその後の東京電力にどのように影響を及ぼしたか」
であると思います。
石崎芳行氏と増田尚宏氏のコンビ

参考文献:

石崎芳行氏が福島第二原子力発電所長に就任されたのは2007年ですが、
2002年の東京電力原発トラブル隠しがあり、原子力部門の意識改革が必要ということになり
福島第一、福島第二、柏崎刈羽(新潟県★)のうち一つは、事務系の所長を置こうという事になったことで
石崎芳行氏が就任する以前に、福島第二と柏崎刈羽原発では事務系出身所長が存在していたらしいです。
事務系出身の所長を置いて東京電力は変われたのでしょうか。
2007年には、東京電力内原子力・水力、火力といろいろな部門での改ざんが明らかになり
またまた東京電力に騒動が起こりました。
その時に本店の広報部長であった石崎芳行氏は、社長(当時は勝俣恒久氏)から、福島第二の所長をやってくれと
言われて就任することとなりました。

就任の時、「事務系出身が原子力発電所長務まるのか」と原子力部門育ちの技術系社員たちの心配顔に向かって
「これからは俺がこの発電所の広報マンとして動く。きみたちの仕事ぶりを地域の方にどんどんアピールしていく」
「その代わり、発電所内の仕事は任せる」
と宣言されました。

原子力部門の技術系幹部の中に、現在東京電力の廃炉推進カンパニー最高責任者を経て副社長になられた
増田尚宏氏がいました。
当時はユニット所長で、彼の上には副所長(技術系・事務系)がいたにもかかわらず
石崎芳行氏から全幅の信頼を置かれるようになりました。
なぜ石崎芳行氏は、副所長よりも増田尚宏氏を信頼したのでしょう。

「おまえ、そんな説明では世間では通じないよ」という会話ができると
認めた初めての技術者だったからです。

このころ、新潟県の中越沖地震が起こり、柏崎刈羽原発で変圧器が燃えた事故も起きました。

石崎芳行氏は土曜日で休みで、テレビの報道で事故をしり、「原子力は終わった」と
増田に電話をしたら
「大したことないですよ、あんなの。あれは発電に直接必要な設備じゃないし・・・」と楽観的だでした
「おまえ、バカか!そんな言い方で世の中が納得するはずないだろう。女房に聞いてみろ」
増田は、本当に奥様に聞いて
「所長(石崎)の言う通りでした。私の感覚が間違っていました」と素直に認めたとのことで
石崎芳行氏は「こいつは違う」と評価されました。
常に増田尚宏ユニット所長には
お前がいくら安全だと思っていても、世間はそうはみないんだ。
それは広報部長の経験でわかる。
俺は半分マスコミみたいなものだから、俺を説得できないならお前はユニット所長として失格!
」といいながら
増田を信頼し、事務系として足りない部分を増田に教わりながら
発電所長の任務をこなされたのでした。

石崎芳行氏が増田に対して「俺を説得できないなら失格だぞ」といいながら
事務系なので原子力の技術については知らないことが多い
でも知らないことは知らないと、増田には聞いてくる。熱心に所内をカメラを持って写真をとり
質問をしてくる。
そういう姿を見て、増田は、「石崎所長にまず原子力発電所のすみずみまで見てもらおう」と
毎日、石崎を発電所中連れまわし、説明を一生懸命、事務系でもわかるように、
「全身マスコミ」な石崎が、発信するときにしやすいようにしつづけました。
そんな増田を石崎は、発電所長として運営する立場として
外とどう接していくかを、地元の人たちや町長との対話の機会に連れて歩きました。

そして、石崎芳行氏が福島第二原子力発電所長を去る時に、清水社長から後任は誰がよいかと
聞かれたときに
「増田(尚宏)しかいません」と答えました。
その通り、増田尚宏氏が福島第二原子力発電所長に就任。
原子力事故の時に福島第二原子力発電所長として、危機を救ったとされる増田尚宏氏は
原発推進派の間で、その危機に際してのリーダーシップなどを評価され
「英雄」となりました。

櫻井よしこオフィシャルサイト

櫻井よしこ氏は、この広告で有名だと思います。

櫻井よしこと国基研

石崎芳行氏の増田尚宏氏評は以下の通りです
原子力屋はもっとわかりやすく語るべきです。
その感覚を持ち合わせているのが増田だと思います。
それができないなら、東京電力に原子力を扱う資格はありません。
それが本音ですね

東京電力では、2002年以降の事故に際して騒動があり、それをなんとか
事務系広報担当者の力で乗り越えようとしてきたのだと思います。
それほど、東京電力内において、特に原子力部門は閉鎖的が当たり前で
その閉鎖的な雰囲気を払しょくするために言葉を使って説明する
広報担当者を置くということで事故以前はやってきたのでした。

私は、この石崎芳行氏と増田尚宏氏のコンビネタは、櫻井よしこ氏関連で読んでおり
軍人のコンビとなんか通じるものがあるなと思いました。
ほほえましい部分もそうでない部分も。

しかし、私は、この石崎芳行氏と増田尚宏氏のコンビがもたらした
東京電力の広報の在り方こそが問題だと思っています。
事故が起こらなければ、インターネットが発達していなければ
おそらく石崎芳行氏と増田尚宏氏のコンビを私は山下・武藤コンビ並みに評価していたかも
しれません。
たしかにこの二人の、お互い足らない部分を自然に補い合いながら、普段は憎まれ口をたたいたりしながら
信頼を築いていかれた部分は、素晴らしいことだと思います。
でも、東京電力の事務系広報担当者頼みで信頼回復しようとするにも限界があるのではないか。
それにもかかわらず、限界を認めず、
柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に向けて突っ走ろうとするところは、
後世史家によって、厳しく糾弾されるのではないかと、思っています。


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