チャンギー殉難者慰霊塔

先日の桜残る池上本門寺の中の「照栄院」の横の妙見坂を登ると

ありました。

チャンギ―慰霊碑

「チャンギー受難者慰霊塔」

この時はもう、慰霊祭が終わったあとだったのか
きれいなお花が手向けられていました。

しかし悲しいことに
関係者の方々にお目にかかることが出来ず
妙見堂を管理されている方にお願いして
お線香を手向けてきたところでした。
私がここに着いたのは午後1時過ぎだったのですが
それにしても、参列者もお坊さんもどこかに行かれてしまったらしい。

(照栄院ではリアルに初七日が行われていたようで、受付の方に問い合わせることもできない空気だった)

照栄院の横のこの坂をのぼった

妙見坂

妙見堂の慰霊塔付近がすべてだったようでした。

この慰霊祭の一週間前に
照栄院に電話を入れてみました。

「あ、あの・・・私は、ただチャンギー刑務所という場で心ならずも受難された方々に
本を読んで興味を持ったもので・・・」と聞いたところ
何と、田中日淳上人の娘さん(?)が対応してくださいました。

「最近は関係者も高齢化してしまって・・・。」というお話から
住職さまである田中日淳上人もお亡くなりになられたということの話なd
いろいろ伺うことができました。

なので慰霊祭は、疲れていても何とか参列したいという気持ちでしたが
終わってしまっていました。

でも、だからこそひとりで、この慰霊塔に静かな気持ちで向かうことができたとも
思います。
それが私なりの、参列方法なのかとも思っています。
あまり大勢で賑やかに参列するような場だと、私自身が疲れてしまうから。

チャンギー刑務所、とはシンガポールに現存する刑務所です。
大東亜戦争停戦後には、新たに捕虜から支配者となったイギリス・オーストラリア両軍側が
立場の変わった我が国の将兵に対して裁判を行い、130名近くを死刑にした
刑務所なのです。
この刑務所の警備は厳重で、英豪軍の虐待も多く発生していました。
立場かわって捕虜になった我が国の将兵は
それこそ、生命を辛うじて維持するぐらいの待遇を甘受せざるを得ず、
さらに裁判にかけられる恐怖との闘い

裁判にかけられたなら、今度は不名誉極まる死刑囚になる恐怖との闘い

死刑囚となったなら、同じ立場の人たちが絞首台に向かう姿を
間近で見聞することで受ける精神的苦痛と、もしかしたら
自分は救われるかもしれないという一縷の望みとの闘いを強いられるという
人間の苦しみの内でもっとも酷なものと直面させられる場であったと
云えると思います。

私がそのような場で最期を遂げられた方々の存在を知ったとき
本当に寝られなくなってしまうぐらいのショックを受けました。
その後、なぜか私はチャンギーで最期を遂げられた方々の最期から
いろいろ学ばせていただいております。

だから、この慰霊塔の存在を知った時は、ぜひ一度お詣りしたいという気持ちでした。

この慰霊塔の周りを一人でぐるぐる回っていたときに
通りがかりの、おそらく本門寺関係の方だと思いますが

「この塔の後ろをみてごらん」と教えてくれました。

見てみると

慰霊碑裏側

私が、書物上で一方的に見聞きしたことのある方のお名前が
ずらりと彫られていたのです。