【毎日新聞1995年10月24日夕刊】支える覚悟、固めた母

今日は仕事帰り、マッサージを受ける予定でした
が、
なんと、すっぽかされてしまいました!(怒)
(予約の時間にいったら、お店が閉まっていた)
で、都内だったので
時間を無駄にするまい、と
閉館一時間前の「東京都立中央図書館」まで行ってまいりました。

新聞記事あさりに。

さて、私のブログを「最近になって」訪問してくださる方は
恐らく題名をみただけで
何のテーマか、もうお分かりでしょう。

故・中川智正さんです。

題名と年月からは、もうわかる人にはわかるでしょう。
この日は、中川智正被告の初公判の日でした。
傍聴希望者が4158人という過去最高を記録しました。

その日の毎日新聞に、中川智正被告のお母様がインタビューに答えている記事がありました。
このお母様、きちんとマスコミに向き合うところがすごい強い方。
息子がオウム真理教に出家してから
「オウム真理教被害者の会」にも入り、永岡会長とともに活動されておられた方。

中川智正さんのお母様は、他のオウム関連死刑囚にも
立派なお母さんだと言われていた(岡崎一明さんとか)。
おそらく中川智正さんとしては頭が上がらない人だったのではないか・・・。

このお母様が、中川智正被告と7年ぶりに再会したのは
中川智正が逮捕されてから5日後、5月22日のことでした。



「どんな顔をして会おう。何を話せばいいの」と戸惑いながら
息子がいる警察署に意を決して会いに行かれました。

以下記事を引用
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接見室のドアが開き、息子も困ったように入ってきた。
瞬間目が合い、涙があふれた。
息子も涙がほおからあごを伝い、ぽたぽたと落ちた。
互いに言葉は出ない。
「この子はまだ大丈夫。私の顔を見て泣けるんだ」
と母は思った。
息子はよほど照れくさかったのか
「タオル、タオル」と立会いの警官に声を掛けた。
一息ついて話しだした。
遠いところをありがとう。
僕がこうなったことを
世間では『親の育て方が悪い』というかもしれないけれど
これは全部、僕のせいなんだ

母が、弁護士を頼むつもりだ、というと
「僕は出家して、いったん親子の縁を切った。
都合のいいときだけ甘えることはできない」と断った。
「一緒の家族なんだから。そんなこと言わなくてもいいんだよ」
母は優しく言った。
親子の縁は簡単に切れるもんじゃない。
オウムに切られてたまるか・・・。
そう思い詰めていたと、母は振り返る。
「そこまで言ってくれるのですか。ありがとう」
息子も応じた。
息子の口から「脱会する」という言葉が出た。
分厚い強化ガラスに遮られていても、
息子は「母の情」に閉ざされた心を開き始めたのか。
「やっと家族に戻れた」と、母は実感した。
取り調べの捜査員からも
「お母さんにあってから(中川被告は)顔つきが穏やかになった」
と聞いた。
だが、面会を重ねる中で母は息子の
「妙に冷静な態度」
が気になっている。
麻原被告への怒りや憎しみは口にしない。
「麻原ってひどいヤツよね」と水を向けても
息子は反論も同意もしない。聞き流しているようにも見える。
「まだ麻原のマインドコントロールが解けていないのでは」
息子から麻原被告を非難する言葉を聞くまで
母は決して気が休まらない。
「多くの人の命を奪った。
麻原の洗脳を脱して、そのことを本当に恐れおののいてほしい。
心から謝罪して・・・」
小柄な母は、小さな肩を震わせる。
次第に声は細った。
逮捕後、医師免許を返上し、卒業した学校の名簿からも名前の削除を求めた中川被告。
早い段階から一連の事件の核心を供述したとされ
周辺にも極刑を覚悟していると漏らしている。
そうした突き詰めた気持ちが母との面会でも冷静さを保たせていたのだろうか。
でも私は思う。中川被告は悔いるなら、自ら関わった罪に正面から向き合い
苦しみぬいてほしい。犯した罪におののく姿を、さらけだしてほしい。
少なくとも母はそれを支えていく覚悟をしているのだから。
(社会部・東海林智)
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この記事、私は当時別の新聞で読んだかもと思いながら読んでみました。
そして、ブログでも少しずつ書いているけど
この時は、まだ中川智正さんは自分の罪とも病気にも向き合ってはいない。
これからあと、5年以上も事件について取り調べには答えるも、大切な部分で
沈黙を続けることになります。

しかし私は当時この記事を読んで、多分中川智正さんがすべて白状すれば
解決しそうではないか・・・と思いながら
いつしか忘れてしまっていました。
本当に中川智正さんが罪に直面するときには、傍聴希望者が2桁に減った頃
つまり世間がオウム真理教を忘れた頃だったころなのか・・・と。

林郁夫さんや井上嘉浩さん、広瀬健一さん、豊田亨さんは
わりと早くに教祖との縁を切っていたので
この人もきっとそうなんだろうなーーーと思いつつ
そうではなかったのだと、調べれば調べるほど深みにはまってしまう・・・。

と、いうわけで、私もネタが尽きるまでは
しばらくはこの人を追っていきたいと思います。
(もちろん、気が向いたら、従来のエントリーを続けたいと
思っています)
いやいや、Twitterで出会う方々の熱意に私も影響されています。
おそらく中川智正さんネタで何か書きたいという方のために
お役にたてることが小さくてもあるなら
きちんとした資料を提供させていただきたいと思います。
早速ですが、今日は

〇中川智正さんは、自身のことを「」と言っています。
〇これ、裁判中もです
なので、何か書かれるときは、「僕」と使ってみてください!
反対に、井上嘉浩さん、土谷正実さんは「俺」じゃないかなーと勝手に思っていますが
どうなんでしょうか。