「ため息をつくより、早く話して楽になったらどうですか」

麻原公判の第94回目(1998年10月16日)に証人出廷した中川智正被告。
この日は、検察官からも麻原弁護人からも、

そしてタイトルにあるように
阿部文洋裁判長からも



※イラストは、青沼陽一郎氏動画「麻原法廷物語」より

「ため息をつくよりも、早く話して楽になったらどうですか」といわれるほど
証言中、何度も身をよじり、傍聴席に聞こえるぐらいのため息をつき続けていました

この日は、松本サリン事件、地下鉄サリン事件に関する尋問でした。
「私の法廷が11月25日にあるので、そこで正確にお話したいので、今日はお話しできかねます。」
それに対して、阿部文洋裁判長が
その時に言えるなら、今言ったらどうですか

検察官が呆れた様子で
サリン生成、事件の謀議、準備、実行、実行後のほとんどすべての証言を拒絶するのか
「あなたは、1995年6月3日、6月5日、6月6日付の3通の検察官に対する供述調書を示されたと思いますが」
と問いただしたことに対しても

「今日はお話できかねます。有罪判決を受ける恐れがあるからです」

確かに、過去の新聞をたどると、逮捕されて1月立たない1995年6月には
中川智正がサリン事件に関わっていた供述をしたという記事が出ています。
しかし、なぜこのように頑ななのでしょう。
これは今さらながら、過去の新聞を読み漁っている私もそうですが、
当時、傍聴に行かれていた方は皆そのように思っていたに違いありません。

段々いら立ちを隠さない検察官が
「検事調書と違うと言われて、なぜと聞くのは当然だし、あなたには答える義務がある」
「答えないのはフェアではない」
さらに阿部文洋裁判長までもが
いったん言ったことは、証言拒否権を放棄していることになります」とくぎをさしました。

それに対して、中川智正被告は
基本的には誰にも話したくない
「新しい弁護人との間で自分の裁判の準備が進めば話す可能性があるので、待ってほしいと言っている」
(弁護人が、裁判開始後両親が雇った方から他の方に変わったころでもありました)
記憶通りに話して罪が重くなっても、それはしょうがないんじゃないでしょうか

さらに麻原弁護側からも
「なぜ、事実と違うことを供述の段階で検察官に言ったの?他人に罪を転嫁するためなのか。
自分で罪を背負うつもりなのか」
「あなたがしゃべらないことで、相当な混乱が起きていることは分かっていますか。」
中川智正被告は、「分かります。よく分かります」

こういうやりとりが一時間半続いて、この日は時間切れで終わってしまいました。
ただし、サリン原料のメチルホスホン酸ジフロライド(ジフロ)を保管していたのは、
自分といったけど、実は井上嘉浩被告であるということを言い出しました。
このことが、16年後も尾を引くことになるとは、当時は誰も考えていなかったでしょう。

阿部文洋裁判長が最後に
真実を明らかにしないといけません。真実は一つです。
苦しそうな顔をしたり、ため息をつくより、
しゃべった方が楽になるんじゃないですか。
また来てもらいますからね
」という姿を
中川智正被告は、口を一文字にきっと結んで、じっと見つめていたとのことです。

このとき、教祖はどうしていたのか。
不規則発言ではなく、居眠りをしていたということです。

逮捕後の取り調べでは、サリン事件について早くから供述をしていたのに
いざ裁判となると、なぜ沈黙するのでしょう。
この中川智正被告の沈黙がオウム真理教裁判を引き延ばしさせる結果となったのは
確かだと思います。
実行役の豊田亨・広瀬健一・林郁夫被告などはみな語りだしていたし、
教団との決別を明確にしていたのに比べて
製造役とされた中川智正・遠藤誠一被告は事件については認めるも、
裁判の場で証言を拒否する姿勢を、1998年当時は取り続けていました。
そのこともあって、サリン事件の全容が裁判の中でもつかめない状況だったのでした。

その中でも、中川智正被告は、なぜこんなにも話したがらないのでしょう・・・。
身をよじってため息をつく姿を想像するや
私は、少年犯罪を起こした高校生ぐらいの子供がふてくされている姿を
想像してしまいました。
そして、1時間半の間、証言台でため息をつき続ける姿を晒しているのも
随分な修行だなあと感じました。
青沼陽一郎氏が麻原に対して言われた「無頓着の実践」とはまた
少し違うようにも思えますが。

でもこの人、当時30代だったのですよね・・・。

さらに、両親が金銭的に苦労をして雇った弁護士を、
自分の裁判の都合ということで解任してしまったころで、
ご両親の不安、心配は、想像を絶するものであったと思います。

しかし、中川智正被告が「記憶通り話して罪が重くなっても仕方がない」と話しているあたりは
今後の裁判を見ていくうえでキーになることではないでしょうか。

なお、この日の傍聴希望者は115人とのことで
中川智正被告初公判の4158人からすると
かなり関心度が落ちたことがわかります。

「対話本」から中川智正さんに興味を持った人は、



「なぜ中川智正さんのような頭がよくて誠実な人が麻原なんかに・・・」
と強く思うはずです。

実際は、このような時期が長かったのですが、
その部分が「ないこと」となってしまっていることを改めて思いました。

だからこそですが、朝日新聞や毎日新聞社会部は、一連の書物を
再刊してほしいと強く願います。

私は都内に勤務していてそのついでに、資料に接することができますが、
Twitterから私のブログを読んでくださっている方の中には
中川智正の姿を知りたくとも
その資料に直に当たれない状況なのです。

地方では図書館にオウム真理教関連の書物がないのです。
おそらく古い書籍は廃棄やリサイクルされてしまって
ないのでしょう。

テレビ放送では不十分です。
あくまで当時の裁判記録に近いこれら書物の再刊を
強く求めます。

オウム真理教裁判がどのようなものであったのか。
そして中川智正さんという人を深く知りたいという人のために。

中川智正さんがどのような姿であったとしても
読者は、いろいろと想像するでしょう。
人物を複眼的にみる機会になるでしょう。
その機会さえ失われるのはもったいないことだと思います。

参考資料:
「朝日新聞」1998年10月16日朝刊


「こっちを向いてしゃべるように」

青沼陽一郎氏の「麻原法廷物語」を見て、
オウム真理教裁判の様子に驚いた人は多かったと思います。
厳粛な裁判の場を激情のまま、「劇場」に変えてしまった。
私も驚きました。



さて、この裁判に33回(いやもっとかも。正しい数字がぱっと出てこない)
出廷した中川智正さんがこの場にいたら
どんな感じになるのでしょう。

例えば、第28回公判(1997年2月28日)

出典は



中川智正被告は麻原裁判の弁護側証人として出廷でした。
この人は、裁判中、紺色のジャケットにグレーのスラックスという
きちんとした服装をしています。

淡々と宣誓したあと、「本題」
検察官:「あなたは坂本弁護士殺害に関与しましたか」
中川:「今日それについてはお答えできません」
検察官:「その理由は」
中川:「自己の裁判で有罪判決を受ける恐れがあるからです」
検察官:「将来もするつもりがないということですか」
(中川、少し考えこみ)「もう一度お願いします」。
中川:「ええと、全くないというわけではありません。弁護士に相談の上」
検察側がここで、1995年9月26日から10月11日までに取られた検察官調書8通を1通ずつ示す
検察官:「末尾の署名、指印は証人がしたものですか」
中川:「それも今日は確認できません。」
※これを8通あるため、8回くりかえした。

麻原の主任弁護人:「このまえはいくつか話してくれたんですか。今日は話してもらえないんですか」
麻原:「話せばいいんだよ」
(中川、下を向いて困ったように黙り込む)


弁護人:「今日は、証言するのをやめようと思って法廷に見えたんですか」
麻原:「弁護人がそんなこと効くのがおかしいんだよ」
(法廷に失笑がもれる)

弁護人:「証言するかどうか、葛藤があるのですか」
中川:「それは常にあるんですけど」
(ここで、弁護人からいろいろ問い詰められる中川)

「地下鉄サリン事件についてもそうだったが、すべてを話したわけではない。
坂本事件に関してもどうしようかとおもっているところがある」
2時20分、「あなたがたは・・・・何を・・・」麻原がつぶやく、
テーブルを手のひらでバンバンたたく。絶え間なく動いている・・・。

その間も弁護人の説得が続いている・・・。

弁護人:「取り調べで検事が質問するしつこさと、私が質問するのとでは、
どちらがしつこいかなあ」
中川:「それはもう、比べ物にならないくらい・・・」
弁護人:「私の方がしつこい」
(と、言葉を引き取ると、法廷内に爆笑が起きた)
弁護人:「でもね、あなたには本当のことを証言してほしいんだよ。
ここは取調室よりは自由に話せると思うが」
中川:「それは、話しやすいと思う」と吐息交じりに応じる。
麻原:「何を聞いているのか。私は意見陳述したいんだ」
阿部裁判長:「弁護人の質問が続いているのだから」
麻原:「私が弁護人だ。私が麻原彰晃ですから」
尋問がおわり、ほっとした表情を見せる中川被告に、主任弁護人が
「ちょっと一つだけ」と申し出る。
座りなおす中川
弁護人:「この前も今日も、何か書き物を持ってきているけど、何に使うの?」
中川:「記憶が混乱しないように」

阿部裁判長:「ついでに聞くけど、さっきメモとっていたのは、何を書いていたの」
中川:「さっきはあの、時期を思い出すため。
それから弁護人が『こっちをむいてしゃべるように』といったのを、メモ取るつもりもなく
書いてしまいました。


法廷にどっと笑いが起きて休廷。(その後新実被告の証言になる)
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青沼陽一郎さんの動画で中川智正があまり登場しないので
麻原法廷に中川智正が出廷した時、どんな雰囲気になるのかと
その一つを毎日新聞の第28回法廷から引用してみました。

当時中川智正さんが書いたんじゃないかな?というメモを、
本人の書いた字を想像しながら昨日、復元してみました。



教祖は、中川が出てきたとき、明らかに意識しています。
中川に圧力をかけているのがわかります。
中川には圧力かければ、黙り込むのがわかるから。井上嘉浩とは違って。
おそらく中川が知っていることを話されるのが怖いから。
不規則発言も、「私が弁護人だ。私が麻原彰晃だ」と
まだ中川に対して、「教祖」であることを誇示するような態度をして
発言させないようにしているのがうかがえます。

毎日新聞の記者は、証言をしない中川被告に対して
「自分自身に対する有罪判決への恐怖感から証言しない」と書きました。
私も当時読んだなら、このあとに大阪府警の隠語である、「戒名」(罪名のこと)
が中川被告に与えられるのは無理だと思いました。

しかし、この人には「戒名」以上の何かがあるとは、当時はまだ感づいている人も
いなかったのではないか・・・。